献体の是非
2週間前の葬送セミナーで、グリーフケアのことをじっくり考える機会をいただきました。
わが家には日ごろから葬送関係の書籍があふれており、家人も興味があると手にとって読んだりしていますので、まさかのときの葬儀について語り合うことも珍しくありません。
現在大学病院に入院中の母と、入院が決まる数日前、まだ胃腸病院に通院していた頃にそういった話題になりました。母は、「白菊会に入るのもいいと思っている」ともらしました。
白菊会とは、東京大学で始まった献体のための会です。
ただ亡くなるよりは、大学の研究のために少しでも世の中の役に立てれば、という希望もあるのでしょうが、年金生活をしながら店舗の資金を回している母としては、火葬から納骨まで経済的負担がなくなるという部分に興味をおぼえたようです。
しかし、献体をすれば遺骨は2年近く戻ってきません。
母としては、残される者たちに少しでも金銭的な負担を遺したくないという気持ちで、生きているうちに献体の登録をしておきたいという話だったのでしょうが、グリーフケアについての講義をうかがったあとで考えてみると、身近に接してきた幼い孫がいるような場合には、経済的なことだけではなくさまざまな配慮が必要である、という思いに至りました。
ほんの数週間前まで、通院することもなくなんの闘病もしていなかったおばあちゃんが、ある日「ちょっと病院に行ってくる」と言い、そのまま入院し、もしものことがあったような場合に、葬儀のプロセスは、「その人の死を、身近なものたちが認識する」ために必要な、大切な時間なのです。
最近増えつつある“直葬”という方式であるにしても、納棺~火葬というプロセスの中で、お棺に花をたむけ、親族で待ち時間を過ごし天へのぼる煙を感じることが、この大切な時間になるのだといえるのではないでしょうか。
母には、まだ10の声を聞かない孫が3人います。
日常的に、密接に接してきました。かれらにとっては、おばあちゃんの遺骨が遠い専用墓地に入ることで、季節たびに参ることも難しくなり、火葬のプロセスも研究所にゆだねてしまうことによって、死生観に多大な影響を及ぼしてしまう可能性もあるのです。
このことを、母とはじっくりと話す時間がとれました。
「そういうことであれば、白菊会のことはもういい」と、決断してくれました。
行政書士となってから、葬送関係に詳しいたくさんのかたとお会いし、さまざまな考えかたを学ぶことがなければ、病人を前にこのような話をする勇気も、思いつきも、なかったことでしょう。
決断するにあたり私のほうに迷いが少ないことで、10日前に入院した当初は資金繰りの話ばかりしていた母も、少しずつあとのことを気にせず、訪れる友人と穏やかな話題を楽しむことができるようになってきました。










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